「何も心配することはない」
これって、魔法の言葉。
その言葉を聞いた途端、不安は呆気ないくらい拭い去られている。
惹かれるというのは、自分の中のネジがひとつずつ抜き取られていくような感覚になる。
そんな恋の始まりは
相手を目で追い、声に耳をかたむけ
そして気がつくと、もう後戻りできなくなっている。
「何も心配することはない」
そんなこと言われたら
寄り添いたくなってしまう。
でもこれは20代の時のお話。
どんより冬空も心が落ち着いて良いものです。
おはようございます。
小倉昌子です。
安定した将来。
なかなか魅力のある言葉です。
それはそれでいいのかもしれない。
条件が揃ってなきゃ恋心が起きない人もいるでしょう。
私もそうなれたらいいなって思います。
条件をあげてこの枠以外の人とは絶対に恋に落ちないぞって。
そしたら楽だろうな。
でもできない。
恋はいつも理屈抜き。
知らず知らずのうちに心に入り込んでくるのです。
どんなマイナス要因が並べられても
「好き」って気持ちで何もかもがチャラ。
そしてそういう気持ちになることこそが恋なんだって今でも信じています。
お久しぶりです。
小倉昌子です。
彼氏はできず、新しい友人も昔に比べたら出来なくなってきたけれど
それでも私は自分のことを大切にすることを覚え始めました。
少しだけ高級なホテルのラウンジでお茶をするとか、母親と旅行に出かけるとか。
疲れている日は無理せずに休み、
付き合いたくない人とは付き合わないということを守っているだけで
自分のことをずいぶん好きになることができた気がします。
年齢を重ねたからこそ大切なことだと思います。
早いもので今年も残り4日。
おはようございます。
小倉昌子です。
最近、常々おもうこと。
恋愛の舞台から降りつつある味気ない女にはなりたくない。
女に生まれて女として生きてきて
そしてこれからも女を張って生きていく。
だから、恋をしたいと思うのです。
今さら、ではなく
今だから、なのです。
たとえその恋が100%の幸運を連れてきてくれなくても、苦しみを味わうことになったとしても
この気持ちには素直でいようと思うのです。
そう、いくつになっても
「恋心」は大切にしたいです。
穏やかに過ごす。
日々、いちばん大切にしていることです。
おはようございます。
小倉昌子です。
「折り合い」
という言葉があります。
辞書を引けば
「折り合うこと。妥協」
そして「妥協」を引けば
「双方が折れあって一致点を見いだし
事をまとめる事」。
わかったようなわからないような
この説明の中に真実はひとつ。
とにかく、どちらも折れる事のできない関係においては、一切の妥協は存在せず、折り合いは悪くなる一方だという事。
確かに私の周りにもいるんです。
決して折れることを知らない鋼の持ち主。
観察してる分には害はないけれど
意見を求められると眉間にしわがよってしまいます。
そんな時はまともに付き合わず逃げます。
そしてひとりになって
「安堵」という言葉の意味を身体で認識して笑顔を取り戻します。